京都の新撰組 城南宮
神功皇后のいくさ船の上に立てた御旗を八千矛神らの神霊と合わせ祭ったのが始めと伝えられ、桓武天皇の平安遷都に際し、平安京の守護神とされ816年に官社となった。平安城の南方に鎮座するところから城南宮と呼ばれた(立て札より抜粋)。方除けの神様として有名です。鳥羽伏見の戦いで、官軍(薩摩・長州・土佐)が鳥羽においてこの辺りに陣を置いたとされている。
境内自由 (神苑500円)
―鳥羽伏見の戦い―
1868年、1月3日・4日に鳥羽伏見で薩長土連合の新政府軍と幕府軍とが大激戦を繰り広げました。世に言う、鳥羽伏見の戦いです。幕府の大政奉還の奏上、朝廷の王政復古の令の直後、朝廷側が決定した第15代将軍慶喜の辞官、納地(一切の官職と幕府嶺の返上)は、幕府を怒らせ、京へ攻め上がって参りました。新政府軍はこれを鳥羽伏見で迎え撃ち、伏見では一大市街戦が展開され、幕府軍は敗れ、淀、大阪方面へ退去しました。
境内自由
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