2006年10月25日 (水)

通りをゆく 東福寺

臨済宗東福寺派の大本山。山号は慧日山。本尊は釈迦如来。九条道家が九条家の菩提寺の創建を願って、延応元年(1239)に仏殿を建立。寛元元年(1243)には円爾弁円を開山に迎え、天台・真言・禅の三宗を兼修した。寺名は規模を東大寺、教行を興福寺にならって、東福寺と付けられた。 

通天橋 400円

紅葉情報を11月になればリアルタイムで流す予定ですが、今日現在はまだまだ青いですね。あと1ヶ月もすれば紅葉するのでしょうね

Zip3851tofukuji

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2006年10月24日 (火)

通りをゆく 輪型地蔵尊

牛馬車のための舗石である車石(輪型石)で造った地蔵尊。正行院にある高さ1メートルの交通安全の守護尊である。当初竹田街道にあったものを明治初期に移したという。

Zip3841wagata

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2006年10月17日 (火)

通りをゆく 智積院

仏頭山または一乗山五百仏根来寺と号する真言宗新義智山派の大本山で、阿弥陀ヶ峰山麓に広大な境地を占め、本堂以下幾多の諸堂を有する。この地はもと豊臣秀吉が長子棄丸の菩提のために建立した祥雲寺のあったところで、その後一時廃絶していたのを慶長五年(1600)智積院玄宥が紀州根来の当院の名を移して再興したものといわれている

Zip3821chisyakuin

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2006年10月16日 (月)

通りをゆく 市比売神社

五女神を祭る。平安京が制定された翌年795年に東西市(官営市場)の守護神として七条堀川の地に創建され、1591年に豊臣秀吉の命でこの地に移転。秘蔵の女神像は平安時代の作で、創建以来、歴代皇后の信仰を集め、特に女性の「厄除け」で有名

<天之真名井 あめのまない>
旧地の天之真名井は清和天皇から後鳥羽天皇まで27代の天皇がこの井戸水を使ったと言われる名水。現在の井戸は地下60メートルをボーリングして水脈をあてたもので2代目となる。

境内自由

Zip3811ichihime

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2006年10月12日 (木)

通りをゆく 源光庵

鷹峰山と号する曹洞宗の寺である。当寺は貞和二年(1346)大徳寺の徹翁義享によって創建され、当初臨済宗に属していたが元禄七年(1694)加賀国大乗寺の卍山道白が再興し、曹洞宗に改められた。廊下の天井には養源院と同じく、鳥居元忠が自刃した時の伏見城の遺構と伝えられる血天井がある。

拝観料:300円

境内自由

市バス北1番で鷹が峯源光庵前下車

Zip3781genkoan

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2006年10月10日 (火)

通りをゆく 上賀茂神社

祭神は賀茂別雷神(かもわけいかずちのかみ)。正式名称は賀茂別雷神社。下鴨神社と供に賀茂社と総称し、当社を上社、下鴨神社を下社と呼ぶ。祭神の賀茂別雷神は下鴨神社の玉依姫命(たまよりひめのみこと)の子。厄除け・方除けの神様です。本殿の北北西にある、秀峰神山(こうやま)に御降臨になり、天武天皇の御代(678)、現在の社殿の基が造営されました。本殿御鎮座以後も広く庶民の信仰を集め、嵯峨天皇は御杖代(みつえしろ)として皇女有智子(うちこ)内親王を斎王(さいおう)と定め、その制度は以来三十五代、約四百年続きました。現在は葵祭に斎王代という形で残っている。

境内自由

JR京都駅から市バス4番で上賀茂神社前下車

Zip3771kamigamo

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2006年10月 5日 (木)

通りをゆく 北山通り 松ヶ崎大黒天

松ヶ崎大黒天は松崎山妙圓寺と号し、日英上人の開基にかかる日蓮宗の寺である。本尊の大黒天は伝教大師の作、日蓮聖人が開眼したものといわれている。当寺は京都の表鬼門に位するところから、古来、福運を授ける神と信ぜられ、昭和44年(1969)の火災にも無事で 火中の大黒さま と呼ばれて、正月初子の日を始めとし、甲子の日には参詣者が多い。又、当寺は京都・都七福神の第一番で、背後の山では毎年8月16日盂蘭盆会の行事として 妙法 二字の送り火を点ずる。

境内自由

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      「京都ちゃちゃちゃっ」 12:00~

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2006年10月 4日 (水)

通りをゆく 鞍馬口通り 上善寺

浄土宗鎮西派。山号は千松山遍照院。禁門の変で戦死した入江九一ら長州藩士8名が葬られている。今年は事件から140年目の節目にあたり、山口県民による慰霊祭が執り行われました。尚、上善寺の書院は松平春嶽公が上洛の際に宿営され、薩摩の小松帯刀や大久保・西郷らとの密会場所であったといわれている。

境内自由

地下鉄鞍馬口駅から鞍馬口通りを東へ徒歩約10分

Zip3741jozenji

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2006年9月26日 (火)

通りをゆく 廬山寺通り わら天神

正式名称の敷地神社というよりも、わら天神の名で親しまれている。もとは金閣寺の裏手にあったが、足利義満が金閣寺を建てる際に、現在の地に移された。

<ご利益・安産守護>
木花咲耶姫(このはなさくやひめ)を祭神とし、安産の守り神で、はら帯の天神ともよばれている。

JR京都駅から市バス205番でわら天神前下車、すぐ

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2006年9月25日 (月)

通りをゆく 寺之内通り 宝鏡寺

西山と号する、臨済宗の寺院で1644年、後水尾天皇の皇女理昌尼王が入寺してから尼門跡寺院として栄えた。 その後多くの皇女が歴代となり、百々御所という御所号も賜りました。宝鏡寺では皇女方が入寺されていたことから御所より人形が贈られ、孝明天皇ご遺愛の人形をはじめ、由緒ある人形を数多く保存いたしておりました。 年1回、秋に人形供養祭が営まれることとなり人形塚も建立され、いつの頃からか人形の寺として名高くなりました。

拝観料:500円

JR京都駅から市バス9番で堀川寺之内下車、すぐ

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2006年9月20日 (水)

通りをゆく 上立売通り 瑞春院

相国寺山内の塔頭瑞春院は、足利義満公が雪村友梅禅師の法嗣太清宗渭(タイセイソウイ)〔相国寺第四世住持〕を相国寺に迎請するため、その禅室として雲頂院を創設。 その後雲頂院は兵火で罹災し瑞春軒と併合。瑞春軒は蔭涼軒日録を編集した僧録司の権威、亀泉集證(キセンシュウショウ)が文明(1484年)に創設するも、三百余年後の天明年間に寺宇は焼失。弘化から嘉永まで(1845年~1849年)の間に再建され、 その後客殿を棄却したが、明治31年(1898年)6月再興完成し、今日の瑞春院にいたる。因みに瑞春院は、亀泉集證、鈴木松年、水上 勉氏など文人墨客ゆかりの禅院でもある

「水上 勉と雁の寺」
直木賞作家 水上 勉氏は9歳の時、瑞春院で得度し13歳まで雛僧時代を禅の修行に過ごしたが、ある日突然寺を出奔。諸所を遍歴し文筆活動に精進。昭和36年(1961年)出版の小説『雁の寺』はベストセラーとなり名声を博した。雁の寺の小説は瑞春院時代の襖絵を回顧し、モデルとしたことから瑞春院は別名を『雁の寺』ともいう。今も雁の襖絵八枚が本堂上官の間(雁の間)に当時の儘に残っている。

拝観料:600円(9月30日まで公開)

地下鉄烏丸線今出川駅下車、徒歩約3分(相国寺境内にあります。上立売通烏丸東入)

Zip3691zuishunin

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2006年9月19日 (火)

通りをゆく 今出川通り 知恩寺

長徳山功徳院と号する浄土宗鎮西派四箇本山の一つで、俗に百万遍の名で知られる。慈覚大師の草創といわれ、はじめ、賀茂社神宮寺として今の相国寺の地にあって今出川の釈迦堂とも賀茂禅房とも称した。その後、幾度か寺地を変え、現在地に至っている。法然上人は賀茂社を崇敬のあまり、当寺を念仏の道場とし、法然の弟子勢観房源智は上人の御影を安置して、功徳院知恩寺とあらためたもので、洛東吉水房のあとに創建された知恩院とともに、浄土宗にとって由緒の古い寺である。俗に百万遍と称するのは、後醍醐天皇の時代に疫病が流行した時、時の住職善阿上人が勅命により7日間禁中で百万遍の念仏を唱えたところ、疫病がたちまち止んだので、御感のあまり百万遍の号を賜ったといわれる。

境内自由

JR京都駅から市バス17番、206番で百万遍下車、今出川通りを東へすぐ

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2006年9月15日 (金)

通りをゆく 智恵光院

浄土宗。称念山平等寺と号し、本尊は快慶(安阿弥)作と伝える阿弥陀三尊像。京都七光院の一つ。永仁二年(1294)鷹司家の祖藤原兼平が岡崎の法勝寺北辺に創建。開山は知恩院の如空(如一国師=浄土僧最初の国師)。江戸期以前に現在地に移転。

境内自由

JR京都駅から市バス9番で一条戻り橋下車、一条通りを西へ徒歩約6分

Zip3661chiekoin

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2006年9月13日 (水)

通りをゆく 安倍晴明神社

御鎮座千年を迎えた古社。安倍晴明は吉凶を占い、神道自在の妙術を得たとされ、稲荷大神の分霊であることから一条天皇の勅旨により晴明神霊として祀られている

<清明井>
御祭神晴明公邸に古きより涌き出ていた名水。諸病平癒の信仰が篤い。又、この地は茶道千利休の終焉の地で太閤秀吉にふるまったり、最期に自服した茶もこの聖水で点てたものだといわれている。平成14年には枯渇したが、再度約60メートルまで掘り下げて再び涌き出てきた。飲用可能とのこと

境内自由

JR京都駅から市バス9番で一条戻り橋下車、すぐ

Zip3661seimei

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2006年9月12日 (火)

通りをゆく 仁和寺街道 報土寺

浄土宗知恩院派に属する寺である。当寺は貞観元年(859)行教が真言宗の寺として創建したものと伝えられる。その後、応仁の乱などにより荒廃したが、永禄二年(1559)還誉照阿により浄土宗の寺院として再興。表門と本堂は重要文化財。

JR京都駅から市バス50番で千本中立売下車、徒歩約6分

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2006年9月11日 (月)

通りをゆく 下長者町通り 護王神社

平安京造営に力を尽くした和気清麻呂とその姉広虫を祭る。和気清麻呂とは769年天皇の位を狙う僧弓削道鏡を宇佐八幡宮のご神託によって失墜させた人物。道鏡の恨みを買い、暗殺されそうになったが、その時300頭もの猪が現れ清麻呂を守ったと伝えられている。そこで、猪が神の使いとされ、全国でも唯一狛犬のかわりに狛猪が鎮座している
 
<ご利益・足の疲れ、病気回復>
300頭の猪が和気清麻呂を守りながら宇佐八幡までの道を無事に案内した道中に、清麻呂が悩んでいた足萎えも不思議に治ったという故事から、足の疲れ、長旅の安全などにご利益がある

最近、狛猪二頭が新装追加されました。(写真参照。お尻を向けた姿ですみません)

境内自由

地下鉄烏丸線丸太町駅下車、徒歩約5分

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2006年9月 6日 (水)

通りをゆく 出水通り 慈眼寺

天正十六年(1588)鷹司信房の北の方が父熊本城主佐々陸奥守成政のために、僧大雲永端を開山として建立した曹洞宗の寺。境内墓地には江戸末期の南宗書家山本梅逸の墓があり、寺宝に梅逸筆名花十友園を有する

佐々成政 (1536-1598)
戦国時代・安土桃山時代の武将。尾張国出身。陸奥守、家紋は棕櫚。馬印は金の三階傘。

大の秀吉嫌い、猪突猛進型の猛将として描かれることが多いが、後世に作られた物語などで脚色された影響が大きい。中世の越中は河川の氾濫による水害に悩まされていたが、成政は僅か数年に過ぎない越中統治期間に堤防を築き水害を防いだため領民に慕われた。堤防は済民堤、佐々堤と名付けられ現在もその遺構が残る。

境内自由

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2006年9月 5日 (火)

通りをゆく 出水通り 光清寺

心和山と号し、無本寺であったが、現在は臨済宗建仁寺に属する。寛文九年(1669)伏見宮貞致親王が晃山和尚を請じて開山とし御生母慈眼院殿心和清公の創立された寺で元禄の焼亡後、邦永親王によって再建された。この時、生母の法名をとって光清寺とあらためられた。

<浮かれ猫>
境内にある玉照神社に掲げられる絵馬に、真向きの猫と牡丹、蝶が描かれている。むかしこの猫は三味線の音を聞くと浮かれ出るというので金網を被せられたという。これに因んで三味線上達祈願の信仰がある。

境内自由

Zip3631koseiji

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2006年9月 4日 (月)

通りをゆく 下立売通り 宗像神社

祭神は田心姫命(たごりひめのみこと)、瑞津姫命(たぎつひめのみこと)、市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)、倉稲魂神(うがのみたまのかみ)、天石戸門神(あめのいわとあけのかみ)。延暦14年(795)、藤原冬嗣が邸宅・小一条院内に筑前より宗像社を勧請したことに始まる。その後、藤原時平が倉稲魂神、花山院家忠が天石戸門神を合祀。花山院の鎮守神。

境内自由

Zip3621munakata

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2006年6月15日 (木)

鞍馬口通り 上善寺

浄土宗鎮西派。山号は千松山遍照院。禁門の変で戦死した入江九一ら長州藩士8名が葬られている。昨年は事件から140年目の節目にあたり、山口県民による慰霊祭が執り行われました。尚、上善寺の書院は松平春嶽公が上洛の際に宿営され、薩摩の小松帯刀や大久保・西郷らとの密会場所であったといわれている。

天寧寺から北へすぐ。鞍馬口通りに面しています。

境内自由

Zip2221jozenji

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2006年6月 2日 (金)

五条通り 西大谷

浄土真宗本願寺派本願寺(西本願寺)の祖廟で、正しくは大谷本廟という。宗祖親鸞聖人は藤原在範の子で、平安時代後期承安三年醍醐の日野に生まれた。幼くして出家し、比叡山・南都で諸宗を研学し、法然上人に従って、浄土真宗の基礎を作った。

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五条通り 若宮八幡宮社

仲哀天皇、応神天皇、神功皇后を祭る。もと六条醒ヶ井にあった源頼義の邸内に創祀され、源氏の崇敬が厚かったところから六条八幡とも佐女牛八幡とも称された。慶長十年(1605)現在地に移転。昭和24年(1949)陶祖神の椎根津彦命を合祀したので陶器神社とも呼び、毎年8月の陶器祭には市が立つ。

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2006年5月31日 (水)

五条通り 上徳寺

1603年、徳川家康が息女泰栄院とその生母上徳院の菩提を弔う為伝誉蘇生上人を開山に請じて建立した浄土宗に属する寺である。

<ご利益・子宝祈願>
寺伝によれば、子どもを祈願し、お地蔵様のお告げで等身大の地蔵菩薩を刻んでお祭りしたところ、子宝を授かったいう「世継地蔵」があり、子宝祈願に訪れる人が多い。

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2006年5月30日 (火)

五条通り 本覚寺

仏性山と号する浄土宗の寺で、源実朝の夫人本覚尼が西八条の遍照心院内に一宇を建立し仏師安阿弥快慶に命じて一体の阿弥陀仏を安置したのが始まりとつたえる。

富小路通り五条下ル

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2006年5月29日 (月)

万寿寺通り 鉄輪井戸

山州名跡志によれば、むかし嫉妬ふかき女性が男を恨み、貴船神社の神に祈り、毎夜丑の刻詣りをしたが、ついに気疲れでここで死んだという。

鉄輪井は縁切り井戸として有名で、この井戸水を飲ますと相手との縁が切れるといわれ、遠くからもこの井戸水を汲みにくる人があったとか。

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松原通り 六道珍皇寺

弘法大師の師慶俊僧都の開創とも小野篁の建立ともいわれている。六道さんと呼ばれ、あの世への玄関口であり、1年に1度、精霊が帰ってくる霊域といわれています。

《閻魔堂》
閻魔大王に並んで、小野篁像があります。閻魔大王の作者は小野篁といわれています。そのリアルな作品が何故出来たのか。それは篁があの世とこの世を自由に行き来していたからといわれています。

《迎え鐘》
お盆でこの世に戻ってくる多くの死者の魂を迎え入れるために鳴らされる鐘です。白壁の正面中央にある穴から出ている綱を引いて鳴らします。その小さな穴から中を覗くと迎え鐘を見ることが出来ます。

《冥途通いの井戸》
小野篁がこの井戸から冥途へ通っていたといわれています。小野篁(おののたかむら)は平安時代の802年生まれで幼い頃から剣術、弓術など武芸一般に優れたいたといわれている宮廷官人。閻魔大王に仕えていたとされる話は今昔物語(第20・第45)に見られます。

境内自由

西福寺から,松原通りを東へ徒歩約3分

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2006年5月26日 (金)

松原通り 西福寺

浄土宗。桂光山敬信院と号する。本尊阿弥陀如来。空海が六道の辻と呼ばれる当地に辻堂を建て、自作の地蔵尊を祭ったことに始まるという。この地蔵は六波羅地蔵と称し、檀林皇后(嵯峨天皇の皇后)が皇子正良親王(仁明天皇)の病気平癒を祈願して以後子育て地蔵で信仰を集めています。8月の六道まつりに公開される「九想観図」は高貴な美女の死後が九段階分けて描かれています。(かなり恐ろしいです) 西福寺界隈は轆轤(ろくろ)町という地名ですが、江戸時代までは髑髏(どくろ)町と呼ばれ、その地名通り人骨がいたるところに転がっていたそうな(驚)。

境内自由

六波羅蜜寺から北へ徒歩約2分

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2006年5月25日 (木)

松原通り 平等寺

真言宗智山派の寺。俗に因幡堂又は因幡薬師(いなばやくし)とよばれる。一条天皇の長保五年(1003)に因幡国司橘行平の私邸をあらためて寺とし、その子、光朝によって開創された。本尊の薬師立像(重文)は、清涼寺の釈迦如来、信濃善光寺の阿弥陀如来とともに、日本三如来の一つである。

道祖神社から松原通りを東へ、烏丸通りを渡ってすぐを北側に入ったところです。徒歩約4分。

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2006年5月24日 (水)

松原通り 道祖神社

猿田彦命・天鈿女命を祭神とする小社。道祖神とは道路の悪魔をふせいで行人を守護する神とされ、疫神や悪霊を守り防ぐものと信じられている。商売繁昌の神としても信仰を集めている

五条天神から松原通りを東へ、新町通り右折すぐです。徒歩約2分

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2006年5月23日 (火)

松原通り 五条天神

祭神として大巳貴命・少彦名命・天照大神を祭る。社伝によれば延暦十三年(794)桓武天皇の平安遷都にあたり、大和国宇陀郡から天神を勧請したのが当社の始まりという。当初は天使の宮(天使社)と称したが後鳥羽天皇の時代に五条天神宮と改めた。古来より医薬・まじないの神として広く崇敬されている。

<弁慶願掛け>
弁慶が太刀千本奪い取りの願を掛けたといわれている

JR京都駅から市バス50番で西洞院松原下車バス停前です。

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高辻通り 住吉神社

藤原俊成が五条室町の邸内に勧請した新玉津島神社に始まる和歌神で、応仁の乱で荒廃したが、永禄十一年(1568)に住吉神社としてこの地に移し再建したと伝える。本殿には天照大神他六柱の神を祭る。

藤原俊成―平安末期より鎌倉初期の歌人。百人一首に下記の歌が収められています

世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る 山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる

辛くても前を向いて進んで行かなければなりませんね。

浄国寺から高辻通りを西へ走ります。烏丸通りを越え、堀川通り手前の醒ヶ井通角です。徒歩約16分

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2006年5月22日 (月)

綾小路通り 膏薬図子

膏薬辻子とも書く。綾小路通りから四条通りに通じる小路をいう。この小路にある祠には「天慶年間 平将門の首を晒した所也」と書かれています。そこからこの地に家を建てると祟りがあるというので神に祭って神田明神と崇めた。これは東京の神田神社が将門を祭ることに由来する。史実では、京都朝廷に大いなる脅威を与えた将門は、関東下総国で首を刎ねられているわけですが、ここにさらされたという伝説は如何に将門の怨霊が京都の人々の心の中に恐怖となって生き続けたかを物語っているのではないでしょうか。 又、比叡山の将門岩と呼応しているともいわれています。

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2006年5月19日 (金)

綾小路通り 光縁寺

満月山普照院光縁寺(まんげつざんふしょういんこうえんじ)と称し、浄土宗の寺であり知恩院の末寺です。新撰組副長の山南敬介始め、幾多の新撰組隊士が埋葬されているなか一際、注目されるのは沖田総司の縁者の墓かもしれません。戒名などはキチンと書かれているがどのような人なのか分かっていません。住職いわく、沖田総司の囲われものではないかとの推理、はたしていかがなものでしょうか。

拝観料:100円

聖徳寺から綾小路通りを東へすぐ

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2006年5月18日 (木)

綾小路通り 聖徳寺

浄土宗。本尊阿弥陀如来。聖徳太子が六角堂を創建した際、自ら館舎を設けた地とされ、のち、太子像を安置して寺に改め、上宮王院と号する。寺の横には庚申堂があり中を覗くと、猿が居ました。以前に散策した時に発見したまま、逃げずに(笑)

旧前川邸から綾小路通りを東へ徒歩約7分

Zip1781shotokuji


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2006年5月17日 (水)

綾小路通り 旧前川邸

この家は元々八木家の分家であったが、のちに前川家の分家になった。当初は近藤一派の宿泊所であった。池田屋騒動の古高俊太郎が拷問を受けた蔵も当時のまま残っており、山南敬介が切腹した部屋は現在も家人の生活の場となっている。前川邸の雨戸には近藤勇の直筆で新選組の落書きが残っているが、残念ながら非公開。

「池田屋騒動」―倒幕派の手助けをした古高俊太郎が新撰組に捕まったことを知った尊王攘夷の浪士約20名が旅篭・池田屋に集結。そこへ、新撰組が到着し、壮絶な斬り合いを展開した。この事件で一躍新撰組は名を轟かせ、朝廷や幕府から報奨金を受け取った。池田屋騒動の石碑が三条通り、高瀬川を渡ったところ北側歩道沿いに立っています。

八木家からすぐです。

Zip071maekawatei


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綾小路通り 八木家

越前国守護の朝倉一族で、朝倉家が織田信長に滅ぼされたとき、丹波の八木に逃れ、以来八木姓を名乗る。新撰組の屯所。近藤勇、土方歳三、沖田総司ら計13名が逗留。芹澤鴨一派が襲われ、鴨および愛人のお梅が絶命、平山五郎も死亡。平間重助は逃亡。新撰組は名実ともに近藤・土方体制を確立することになる。襲撃の際の刃傷が八木邸の座敷や鴨居に今も残されている。

壬生寺の北隣です。

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2006年5月16日 (火)

綾小路通り 壬生寺

律宗の大本山。本尊は地蔵菩薩。古くは地蔵院宝幢三昧院・心浄光院ともいった。正暦二年(991)に園城寺の快賢が建立。壬生狂言の起源となる悪疫駆除のための融通大念仏会が正安年間(1299~1302)に円覚によって始められた。境内の壬生塚には近藤勇像がある

境内自由

JR京都駅から市バス28番で壬生寺道下車、坊城通りを南下、徒歩3分

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仏光寺通り 管大臣神社

祭神 菅原道真、尼神、大巳貴命。社地は道真の紅梅殿、白梅殿とよばれた邸や菅家廊下と称する学問所の跡で「東風ふかば 匂いおこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」の歌を詠んだ飛び梅の地である。(紅梅殿で詠んだといわれています) 応仁の乱後、菅家ゆかりの曼殊院宮良紹法親王により再興された。

境内自由由

JR京都駅から市バス50番で西洞院仏光寺下車すぐ

Zip1781kandaijin


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2006年5月15日 (月)

仏光寺通り 仏光寺

当寺は鎌倉初期の建暦二年(1212)親鸞上人の配所からの帰路を記念し、高弟源海が山科西野に一宇を建立し興正寺と称したのを起こりとする。次いで後醍醐天皇の元応年間了源によって東山渋谷の地に移った。あるとき、盗賊が寺内に乱入し本尊阿弥陀像を奪って逃げようとしたが、重さに耐えかねて二条河原に捨て去った。その夜、天皇の御部屋に一筋の瑞光が差し込むので、あやしまれた天皇が光の行方を求めて遂に本尊を得られたといい、これにちなんで、仏光寺とあらためたという。天正14年(1586)に現在地に移る。

JR京都駅から市バス101番で烏丸松原下車高辻通りを東へ徒歩約5分

Zip1551bukkoji


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2006年5月12日 (金)

四条通り 松尾大社

大山昨神と市杵島姫命の二神を祭る。701年、松尾山大杉谷の磐座の神霊を勧請し当地に社殿を建立したのが始まり。等身大の男神坐像二体、女神坐像一体(ともに重要文化財)を有する。酒の神様で有名です。

<亀の井>
井戸背後の別雷(わけいかずち)の峰から涌き出る神水。伏見の杜氏たちが、醸造安全に祈願し、神水を持ち帰り、自蔵の水に混ぜ、良酒誕生を祈る。酒造家だけでなく、よみがえりの水として、飲用すれば、長寿を保ち、茶にも書にもよいといわれている。

JR京都駅から市バス28番で松尾大社前下車、すぐ

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四条通り 梅宮大社

今から、約1300年前に、橘氏の祖、諸兄公(もろえこう)の母、県犬養(あがたいぬかい)三千代が山城国綴喜郡、井出寺のなかに橘氏一門の氏神としたのが始まり。安産の守護神、学業の神、縁結びの神様など多数のご利益があり、酒の神様でも有名です。名前の通り、梅がきれい咲きます。神苑内にはまたげ石なるものがあり、これをまたげば子を授かることが出来ると言われているそうです。

境内自由(神苑500円)

JR京都駅から市バス28番で梅ノ宮神社前下車、すぐ

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2006年5月11日 (木)

四条通り 高山寺

寺号は日照山。本尊は地蔵菩薩。開創時期は不明。足利義政の妻日野富子はこの地蔵菩薩に子宝を祈願し、義尚を生んだ。その後、先に養子となっていた義視との間の将軍争いが応仁の乱にまで発展したので、この地蔵様がその原因を作ったといわれている。そんな、絶句!

<ご利益・子供守護>
西院の河原、すなわち賽の河原で、子どもたちの霊が「ひとつ積んでは親のため…・」と河原の石を積んでいると、鬼がやってきてせっかく積んだ石を崩してしまう。すると高山寺のお地蔵様が現れ、子ども達を救ったという伝説から子ども守護の信仰が生まれた。3メートル近いお地蔵様迫力ありますね。

JR京都駅から市バス臨28番で西大路四条下車、西大路四条北東角です。

Zip1201kozan


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2006年5月10日 (水)

四条通り 梛神社 なぎじんじゃ

スサノオノミコトを主神とし、宇賀御魂命、イザナミノミコトなどを配祀する。貞観十一年(876)京都に疫病が流行したとき、牛頭天王(スサノオノミコト)の神霊を播磨国広峰から勧請し、鎮疫祭を行ったが、このときその神輿を梛の林中に置いて祭ったことがこの神社の始まりであるという。後に神霊を八坂神社に遷祀したときに当地の住人は花を飾った風流傘を立て、鉾を振り、音楽を奏して神輿を八坂に送った。これがのちの祇園祭の傘鉾の起源といわれる。また、当社は八坂神社の古址にあたるので元祇園社と呼ばれる。

醒ヶ井から四条通りを西へ、徒歩約12分で到着。四条通り南側にあります。

Zip1771nagi


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2006年5月 9日 (火)

四条通り 醒ヶ井さめがい

四条醒ヶ井通りにある和菓子屋亀屋良長の社屋改築の折り豊富な地下水が涌き出て醒ヶ井が蘇った。菓子製造や飲用水に用いられているとのことです。

醒ヶ井の由来―元は平安時代、六条堀川の源氏館内にあり室町後期茶道の祖 村田珠光は足利義政公にこの水で茶を献じました。天正年間織田信長の舎弟織田有楽斎もこの井戸水を愛して止まなかったとあります。

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2006年5月 8日 (月)

錦通り 錦天満宮

北野天満宮と同様に菅原道真公を祭神としています。境内には御神水があり、水を求めて訪れる人がたくさんです。この前の錦通りが京都の台所と呼ばれる錦市場です。西は、高倉通りまで約390mの間に140軒ものお店が軒を並べています。

写真を良く見てもらえばわかりますが、鳥居が両隣の家に突き刺さっています。ビックリですね。

<ご利益・学業成就>
錦市場で鯛を買って供えると一流大学合格間違いなし?だとか。さてどうでしょうか

染殿から新京極通りを北へ徒歩約2分

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2006年5月 3日 (水)

四条通り 染殿

空海が808年に始めた真言宗の寺で、十住心諭を著したことから十住心院と云われていました。中世以降、時宗・金連寺末となりました。本尊の地蔵菩薩立像(約2mあるそうです)は裸形の秘仏で、50年に一度開帳されます。

<ご利益・安産守護>
文徳天皇の皇后染殿がこの地蔵菩薩に祈り、清和天皇をもうけられたことから、安産守護の地蔵尊として信仰を集めるようになりました。

冠者殿社から四条通りを挟んで真向かいです。

Zip1741somedono


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2006年5月 2日 (火)

四条通り 冠者殿社

祭神 スサノオノミコト。商売繁昌。旧暦10月20日に京都の商人が八坂神社の境外末社のここに参拝し、誓文払いを行ったという。誓文払いとはいまでいうバーゲンセールを指します

仲源寺から四条通りを西へ、河原町通りを越え、寺町通り手前です。徒歩約10分

Zip1741kanjadensya


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四条通り 仲源寺

俗称として目疾地蔵(めやみじぞう)という浄土宗に属する寺。1228年鴨川が氾濫したとき、地蔵菩薩のお告げにより洪水を防ぐことができたのでここに地蔵尊坐像を安置し、雨止地蔵と名づけたのが起こりといわれている。一説には雨に降られた人がここで雨宿りをしたことから雨止地蔵と呼ばれ、雨止が転じて、目疾になったともいわれている。

<ご利益・眼病治療>
ある盲目の老人が地蔵菩薩のお告げにより本尊の閼伽水で目を洗ったところ治ったとの言伝えも残っている。

八坂神社から四条通りを西へ徒歩約4分

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2006年5月 1日 (月)

四条通り 八坂神社

祇園さんの名で親しまれる。スサノオノミコト、櫛稲田姫命、八柱の御子神を祭神として祭る。スサノオノミコトはあらゆる災難を意味する八俣大蛇(ヤマタノオロチ)を退治して櫛稲田姫命を救って地上に幸いをもたらした偉大な神で、天照大神(お伊勢様)の弟神です。

JR京都駅から市バス100、206番で祇園下車、四条通りの東端です。

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蛸薬師通り 蛸薬師堂

たこにまつわる伝説で有名な為、蛸薬師堂と呼ばれるが、正式名は浄瑠璃山林秀院永福寺。その伝説とは、建長年間のこと、この寺の善光というお坊さんの母が重い病気にかかり大好物のたこを食べたいと言った。が、戒律に反してまでたこを買うことも出来ず、悩んだがこっそりとたこを買い、箱に入れた。箱を怪しんだ人々が箱を開けさせようとしたが、善光が一心に薬師如来に祈り、蓋を開けるとたこは八巻のお経に変わっていた。その後善光の母の病もすっかり回復したという。蛸薬師通りの名前の由来となっています。

蛸薬師通りの東端突当たりにあります。

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2006年4月30日 (日)

蛸薬師通り 本能寺址

本能寺の変により天正十〇年(1582)織田信長とともに炎上、その後天正十七年(1589)この地に再建せんとしたが、豊臣秀吉の命により、現在地(寺町御池)に移転を命ぜられ今日に至る。

空也堂から蛸薬師通りを東へ、徒歩約6分。現在はマンションとなっています。

Zip1731honnojiato


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蛸薬師通り 空也堂

正式名称は紫雲山極楽院光勝寺と号する天台宗空也派で、空也上人ゆかりの寺であるところから空也堂という。上人は平安時代中期の浄土教の先駆者で、醍醐天皇の皇子との説もあるが、定かでない。当寺の創建は天慶二年(939)朱雀天皇の勅願によるといわれているが、一般には平定盛の末裔の創建するところといわれる。

蛸薬師通堀川東入

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2006年4月29日 (土)

六角通り 善想寺・地蔵堂

泥足地蔵という。日照りに苦しんだ百姓が雨乞いをすると見事に雨が降ってきた。しかしちょうどその時、百姓は急病で田植えが出来なくなった。翌朝、田んぼに行ってみると、すっかり田植えが終わっていた。驚いて地蔵様にお参りすると、地蔵さんの足が泥まみれになっていたという。(地蔵さんが汗を流して田植えをする姿が目に浮かびました。どこか滑稽、でも、一所懸命の姿です。こうありたいですね)

六角堂から六角通りを西へ走り、大宮通りを越えて到着、徒歩約15分

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六角通り 六角堂

名前の由来は本堂が六角形をしているところから来ています。六角さんと地元の人に呼ばれ、親しまれているが正式名称は紫雲山頂法寺。聖徳太子を開基として創建された寺で太子の護持仏如意輪観音像が祭られています。境内にはへそ石なるものがあり、京都の中心を示しているといわれています。六角通りの名前の由来となっています。

<ご利益・華道上達>聖徳太子を祭った太子堂のある場所は、太子沐浴の池の跡といわれておりこの池のほとりに寺坊があったことから池坊と呼ばれるようになった。又、仏前に朝夕かかさず花を供えたのが華道家元池坊の発祥の起源として知られている

地下鉄烏丸線御池下車、徒歩約5分境内自由

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2006年4月28日 (金)

六角通り 誓願寺

浄土宗西山深草派総本山。本尊の阿弥陀さんは木像で丈六(身長約4.8メートル 驚)。奈良時代、天智天皇の勅願所として創建され、1573-92年に現在の地に移転された。

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三条通り 金地院

南禅寺の塔頭。本尊は地蔵菩薩。応永年間(1394~1428)に足利義持の帰依を受けて大業徳基が洛北の鷹峯に創立したという。慶長十年(1605)頃に南禅寺の中興開山、以心崇伝が現在地に移して再興した。

地下鉄東西線蹴上下車、ねじりまんぽ(トンネル)を抜けて道なりに徒歩約3分です。

Zip1691konchiin

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2006年4月27日 (木)

三条通り 仏光寺本廟

真宗仏光寺の別院。元禄年間に仏光寺20世尭傭上人がこの地にあった角倉屋敷を購い、仏光寺の境内の祖廟を移して創建した。

合槌稲荷から三条通りを東へ、徒歩約2分

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2006年4月25日 (火)

三条通り 粟田神社

三条通り 粟田神社
江戸時代までは感神院新宮、あるいは牛頭天王(インドの祇園精舎の守り神)を祭ることから粟田天王社または粟田八大王子社と呼ばれていたが、現在はスサノオノミコトを祭神とする。

<ご利益・旅行安全>
東海道五十三次の京の出入り口、粟田口に祭られていたため、昔の人々は旅の安全を祈りまた、無事の感謝をささげた。現在でも旅行安全のお守りを授与してくれる。本来は病気封じの神様で、10月9日の粟田祭りは病気封じの祭りとして行われている

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2006年4月24日 (月)

三条通り 弥次喜多像

弥次郎兵衛と喜多八は江戸時代後期に十返舎一九が書いた滑稽本東海道中膝栗毛の主人公ですね。物語は江戸から京に旅する様子が面白おかしく書かれていますが、京四郎の旅はここが出発点となっています

三条大橋西詰に立っています。又、傍らには還来神社で旅行安全の祈祷がされた撫で石も置かれています。

Zip1691yajikita


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2006年4月21日 (金)

三条通り 車折神社

祭神は清原頼業。この地はかつて清原一族の舟橋家の菩提寺宝寿院があったが、頼業(平安時代の儒者)没後、廟所を設けたことに由来する。車折の名前の由来は昔ある貴人が牛車に乗ってこの社前を通ろうとした時、牛が倒れ車が折れたところからきていると言われています。

境内にある芸能神社には芸能の神が祭られ、古来芸道上達を祈願する人達に篤い崇敬を受けている

境内自由

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三条通り 大酒神社

大酒神社
広隆寺の伽藍神で、もと桂宮院の域内にあったものを近年移転した。本殿には秦始皇帝・弓月君及び秦酒公を祭る。秦氏の氏神とし、松尾大社とともに秦氏一族の崇敬するところとなった。

境内自由

京福電車 蚕ノ社下車、徒歩約10分

Zip1681oosake


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2006年4月20日 (木)

三条通り 蚕ノ社

正式には木嶋坐天照御魂神社(このしまにますあまてるみたまのかみのやしろ)という名の神社で、朝鮮半島からの渡来人である秦氏が建立した。境内の摂社に蚕養(こかい)神社があることから、蚕の社で呼ばれています。本殿西側にある、元糺(もとただす)と呼ばれる池の中には、柱が3本ある珍しい石造りの鳥居が立っています。鳥居を三つ組み合わせて作った三角形の中心に神座(かみくら)が置かれ、三方から拝めるようになっている。なぜ、このような鳥居を秦氏が作ったのか、全くの謎ですが、三角形の中心にある神座がいかにも超人的な霊力を封じ込めているような雰囲気で、この神社に足を踏み入れた時から何か独特なものを感じましたね。

境内自由

京福電車 蚕ノ社下車、徒歩約3分

Zip1681kaikonoyashiro


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2006年4月19日 (水)

三条通り 猿田彦神社

人生の道案内の神様、猿田彦神社は京都三庚申の一つです。いわゆる見ざる、聞かざる、云わざるの三神猿のことで、猿が居るのも自然ですが、ここには一匹の猿しか見当たりませんでした。その猿は本殿に祭られていましたが、何故か京都の鬼門である北東を向いているのが気掛かりです。赤山禅院の猿と向き合っている?のは考えすぎでしょうか・……

境内自由

京福電車 山ノ内下車、西へ徒歩約8分

Zip1681sarutahiko


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2006年4月18日 (火)

三条通り 矢田寺

三条通りの東は山科、西は嵐山・渡月橋までの東西に広範囲に延びています。

【矢田寺】
796年、大和の国郡山の矢田寺を模して満米上人と閻魔大王の使者小野篁(おのたかむら)によって五条坊門に建立されたが、応仁の乱で炎上。その後1597年に現在の地に移転されました。正式名称は浄土宗矢田山金剛寺。本尊の地蔵菩薩は人間の地獄の苦しみを代りに受けておられ、安産守護、子孫繁栄、病気平癒の霊験があるといわれています。境内にある送り鐘を撞くとあらゆる苦が逃げて行き、仏の加護を念じている人だけに楽しいことが残るといわれている

<ご利益・縁結び>
本尊・地蔵菩薩は「愛の願掛け地蔵」ともいわれ、縁結びのご利益がある

境内自由

三条大橋から三条通りを西へ寺町通りを右折すぐです。徒歩約4分

Zip1681yatadera


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2006年4月17日 (月)

御池通り 神泉苑

794年、桓武天皇が平安京を造営した時、大内裏の東南に接して造られたのが始まり。常に清泉が湧き出すことから神泉苑と名づけられた。又、義経と静御前の出会いの場所としても有名です。

<ご利益・病気平癒>
祇園祭の起源となった疫病を止める最初の祈祷会が行われた。以来病気平癒の信仰がある。苑内にある法成橋(ほうじょうばし)を心に願い事を唯一つだけ念じながら渡ると叶えられると言われています。

境内自由

二条陣屋から御池通りに戻り、西へすぐです。徒歩約2分

Zip1671shinsenen


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2006年4月14日 (金)

御池通り 二条陣屋

豊臣秀吉に仕えて、伊予今治七万石の城主となった小川土佐守祐忠は関が原の合戦に敗れて出家し、その長男千橘が萬屋平右衛門と名乗ってこの地で米、両替を商ったが、この建物はその住宅として1670年頃に創建された。諸大名の陣屋としてまた奉行所の公事宿としても利用された。1944年国宝に指定され、現在は重要文化財に指定されている。

拝観料:1000円

二条城から御池通りを西へ、大宮通りを左折して到着。徒歩約4分

Zip1671nijojinya


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御池通り 二条城

徳川家康が京都における居館として造営したもので、15代将軍徳川慶喜が大政奉還をしたところである。板倉勝重を造営奉行とし慶長7年(1602)5月に着手し、翌年3月には完成したといわれている。豊臣秀頼と会見した場所であり、大阪冬の陣・夏の陣にはここで秀忠とともに軍議を交わした。元和六年(1620)秀忠の娘和子が後水尾天皇の女御として入内するにあったてその輿入れがこの城中で整えられた。

拝観料:600円

地下鉄東西線二条城前下車

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2006年4月13日 (木)

御池通り 御所八幡宮

応神天皇、神功皇后、比売神の三神を祭神とする。 この八幡社を御所八幡宮と呼ぶのは足利尊氏が邸内の守護神として勧請したと伝える由緒によってであり、尊氏の法名によって等持寺八幡ともまた、高倉八幡とも呼ばれて親しまれてきた。特に安産と幼児の守り神として有名で、三宅八幡とならんで虫八幡と呼ばれて信仰を集めている

明福寺から御池通りを西へ高倉通り角にあります。徒歩約2分

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2006年4月12日 (水)

御池通り 明福寺

浄土真宗本願寺派。当寺の起源は近江源氏の流れを汲む青地氏が、 蓮如上人に帰依し、1480年に現在の守山市矢島町に一宇を建立しあのが始まり。1692年現在地に移転。本尊阿弥陀仏立像は聖徳太子の作と伝える。

白山神社から御池通りに戻って、西へ走ります。柳馬場通りを越えて到着。徒歩約3分

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御池通り 白山神社

東は川端通りから西は太秦までの通りです。(千本通りから御前通りは二条駅で中断)。神泉苑の御池の前を通るので御池通りと命名され、江戸期から使用されています。

【白山神社】
平安時代の末期の1177年、 加賀国の白山権現の僧兵が神輿を担いで、直訴にやってきたが、聞き入れられず神輿を放り出して帰った。その神輿を町内の人々が祭ったのが起源といわれている。

<ご利益・歯痛回復>
後桜町天皇が歯痛で悩んでいたところ、宮中の女官がこの神社に神箸と神塩を献上するとたちまち歯痛が治ったという。又、ここの神箸を赤ちゃんの食い初めに用いると一生を無病息災で過ごせるといわれている

境内自由

地下鉄東西線京都市役所前下車、御池通りを西へ行き、麩屋町通(ふやちょう)で右折(北)、徒歩約5分

Zip1671hakusan


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2006年4月11日 (火)

丸太町通り 宝筐院ほうきょういん

善入山と号する臨済宗の寺。平安時代に白河天皇の勅願により創建されたと伝え、当初は善入寺と称したが、夢窓疎石の高弟黙庵が復興し、室町幕府2代将軍足利義詮によって一時観林寺と改名、さらに義詮の没後、その院号宝筐院にちなんで現在の寺名に改められた。本堂には本尊千手観音菩薩を安置。境内には楠正行(正成の子)の首塚と伝える五輪石塔及び義詮の墓と伝える宝筐印塔がある

JR嵯峨嵐山駅下車、徒歩約17分

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丸太町通り 法然寺

浄土宗。熊谷山極楽殿。本尊は法然自作と伝える円光(法然)大師像。建久年間(1190~99)熊谷直美が錦小路烏丸に創建。開山に法然を迎えたという。正安年間(1299~1302)後伏見天皇より極楽殿の勅額を得る。応仁の乱で焼失。足利義政が再建。1964年に現在地に移転。熊谷直美、平敦盛像を祭る。

JR嵯峨嵐山駅下車、徒歩約7分

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2006年4月 7日 (金)

丸太町通り 油掛地蔵

鎌倉後期の延慶三年、平重行の願主によって建立された御仏。ご本尊は阿弥陀如来。頭光内の種字観音、勢至、両菩薩とあわせて弥陀三尊の御仏

<ご利益・祈願成就>
このお地蔵様に油をかけて祈願すれば成就するといわれている。黒川道祐の「嵯峨行程」の中に油を売る人がかならずこの地蔵に油を掛けて祈願したという一文を見出すことが出来る。ひよっとすると油売りから身を起こし戦国の武将となった齊藤道三も又しかりかなとも奉賛会の看板にありました。

その道三の娘お濃をもらった信長、その血を引く織田信成選手(17代目)がスケートで活躍しているニュースなどを耳にすると戦国時代のことがフラッシュバックしますね。

Zip1201aburakake

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2006年4月 6日 (木)

丸太町通り 妙心寺 退蔵院

妙心寺の塔頭の一つで、天授院に次いで古い。越前の豪族波多野出雲守重通が妙心寺三世無因禅師を開山として建立したもので、庭園は枯山水庭園で、狩野法眼元信の作といわれる回遊式に観賞式を加味した石組み本位の枯れ池である。

JR花園駅下車、徒歩約10分

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2006年4月 5日 (水)

丸太町通り 京都御苑・国立京都迎賓館

丸・竹・夷・二・押・御池・姉・三・六角・蛸・錦・四・綾・仏・高・松・万・五条これってなんだか分かりますか? 京都の中心を東西に走る通りの頭文字です。これには節が付いていて(美声?をお聞かせできなくて残念ですが、笑)小さい頃に聞かされた記憶があります。今回からこれらの通りに沿って散策して行きます。

先ずは、丸=丸太町通りからです。京都の中心を東西に走る約8キロメートルの道の東端を南に行けば、永観堂・南禅寺へと続き、北へ行けば哲学の道、銀閣寺へと続きます。転じて西端を北へ行けば清涼寺、南へ行けば天龍寺・渡月橋へと続きます。途中のいくつかをご紹介して行きます。通名は堀川通りとの交点辺りに材木商が多く点在したことに由来します。

【京都御苑・国立京都迎賓館】
日本の伝統技術の粋を集めた地上1階、地下1階の延べ16,000平方メートルある建物が2005年4月17日完成しました。東京元赤坂に次いで2ヶ所目。元赤阪が一般見学不可に対し京都迎賓館は一般見学可能(予約制)です。又、元赤阪が国賓クラスのみの使用に対して使用基準を緩和する考えを検討しているとのことです。

Zip1661kyotogeihinkan


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